願ほどき(本文)

 聖天様は願い事を叶えてくれるが、基本的には護摩木に願い事書いて、願い事が叶ったら、その感謝の気持ちを護摩木に書いて納めれば体にかかった修法は解ける(願ほどき)。お布施を包んでご祈祷をしてもらってそれが叶ったら、それと同額以上のお布施を包んでお礼をすれば問題が起こらない。困るのは願い事が叶ってもお礼をしない方は罰が下る。
 願ほどきは聖天様に限らず神社で祈願をしたときも同様に行うべき礼儀作法である。
願いが叶ったら感謝の意を表しなさいというのはもっともな話であるが、実際はもっと複雑な事情が絡んでいる。
 まず、願い事が私利私欲であるかないか? 誰かに死んでほしいとかライバルに消えてほしいというような呪い系であるかないか? というように願い事の質が悪に傾いているかいないかで事情は変化する。我欲を満たすことを願ってそれが即効で願いが叶った場合、その願いを叶えた方は魔系の神仏である可能性がある。その場合、恩を返さなければ落とし前をつけさせられることになるだろう。
 このように、実際は、願い事の我欲度、低級な神仏に願ったか高級な神仏に願ったかで要求される願ほどきの質と量は著しく変化する。悪に傾く願い事を叶えてくれるのはほとんど低級な神仏であるから、願い事が即効で叶った時ほど、その見返りを3倍返しで要求されるのは当然と考えるのが道理であろう。戦国時代では敵の大将を殺すように願をかける僧侶もいた。その願が叶った時こそ恐ろしいのである。まあ、普段から感謝する癖がついている方は罰が下ることはないだろう。→次の本文を読む