スウェーデンボルグと密教の共通点
最大の共通点は「この世は幻影である」と述べている点。強いて言うならばアインシュタインと量子論者もこの意見に同調している。アインシュタインは万物はエネルギー(波動)であることをE=mc²という公式に表した。つまり元を正せば物質など存在しないということを意味している。これを密教的に言うと、この世は幻影という言い方になる。
私たちの肉体も、実際に手に持って触れる物体も、波動エネルギーを練っただけの物であり、波動が実体で、物質は「作り物」ということになる。すなわち肉体の命は作り物という話であるが、私たちはとてもそれを信じることができないでいる。しかし小林健先生のように5回完全に肉体が死の状態になり、それから5回生き返ったことを考えると、命は作り物という話が現実味を帯びてくる。命はまるでパソコンゲームのリセットスイッチのようだ。
私たちは土地を奪い合い、他の動植物の命を奪って食らう。が、それらは3次元世界限定の出来事であり、実体は霊的エネルギーが形を変えて活動しているだけの話である。彼らの理論からすれば、私たちは幻影を奪い合い、幻影を得るために戦争を起こし殺し合い憎み合っているようだ。
数千年前からある密教の教えと、科学者であるスウェーデンボルグの意見は一致している。それでもあなたは「この世が幻影だなんて信じられない」と言い張るのだろうか。
深見先生とスウェーデンボルグの共通点
最大の共通点は「低級霊ほど霊能者に降りて事細かにアドバイスする。しかも高級霊を装う。」という点。霊能者は霊体と会話ができる。その能力は一般人にとって羨望・憧れである。霊体と会話ができる霊能者は、神仏との橋渡しをしてくれるだけでなく、神仏の力を信者たちに配ることができ、その霊能者自身も神仏と同じくらいの霊格を持つと思われるからだ。一般人がそのような霊能者を見る時、神様を見るような目で拝み、尊敬する。
だから「低級霊ほど霊能者に降りて事細かにアドバイスする。」という共通見解は、霊能者(教祖)に対する尊敬の念を崩壊させるパンチ力がある。
「私にはお釈迦様が降りてお告げをくれる。」「私には天照大御神様が降りてくる。」というような霊能者の発言に疑念を浮かばせる。実は低級霊が高等な神仏を装って適当なおべんちゃらを並べているだけであることを暴露してしまっている。
だが信者たちは盲信者でもあり、このように深見東州先生やスウェーデンボルグが低級霊の実体を吐露したとしても、信者たちは現教祖のお告げを全て信じることだろう。
おそらく大多数の教祖は低級霊に操られている。そのことを彼らは警告している。「だから信仰するな!」という意味ではない。低級霊も私たちを助けようとしているし、アドバイスも的を射ていることもあり、病気が治ることもあり、ご利益もある。
神仏に全く信仰心を持たない人よりは、低級霊相手であっても信仰心を持つ方がよいと思われる。しかし、低級であるからこそ様々なマイナス点がある。詳細は後ほど述べる。
私たちはとかくブランドに弱い。低級霊に操られている霊能者であっても、「真言宗、高野山派の大僧正」と聞けば、その地位に感服して従ってしまうものである。そういったブランドや、「どこで何年修行した」というようなことは「信仰心とは関係ないよ。」という話に仕上がっている。
そういう意味で深見東州先生やスウェーデンボルグは宗教界の一大タブーをさらっと述べている。逆に言うと、彼らはそれらを述べても平気でいられるほどに大きな守護神に守られているということになる。
スウェーデンボルグと小林健の共通点
小林先生の「地獄はない」発言と、スウェーデンボルグの「地底深くに邪悪な者同士のコミュニティがある」という発言が、結局は同意と思われる。スウェーデンボルグは「地獄に落とされる」というようなことではなく、邪悪な思考を持つ者が好んで自ら暗い地底に棲みつくと述べており、「地獄はない」と述べているのと同意である。
しかし、スウェーデンボルグも小林先生も、善なる神の守護の下で経験した冥界研修の上での理論なので、さらに次元の高い世界として地獄界が存在している可能性も捨てきれない。
小林先生はあの世では波長の合う者同士が一緒にいると述べており、これもスウェーデンボルグと同じ意見である。善意が多い者同士、悪意が多い者同士が群れを成す。その群れは全く自由に行き来できるわけではなく、隔壁があるようである。
このように、霊能者たちの共通意見をまとめて行くと、これまで見えなかった世界が少しずつ判明していく。私たちは彼らの意見を単なるオカルトと切り捨てるべきではないだろう。→次の本文を読む