結び目(本文)

 ブッダが「解脱の過程が自身の結び目を解くことのみにある」ことを弟子のアーナンダに説いた時の話。ブッダは絹の布を結び、次々と結び目を重ねた。ブッダは「どうすれば結び目が解けるか」アーナンダに訊ねた。引っ張れば結び目はますます硬く絞まる。アーナンダは答えた。「結び目がどのように結ばれたかを見つけようとします」と。
 ブッダは言った。「よく言った。物事の起源を知る者は、またその消滅を知る者である」と。
 つまり、結び目を解くには結ばれた順番、結ばれ方を知り、起源を追っていくことが必要だと言うこと。これはつまり、解脱はがむしゃらにできるものではなく、何が原因で解脱ができないかの起源を時をさかのぼって順番に考えなければならない。
 再びアーナンダにブッダは質問した。「全ての結び目を一時に解くことはできるか?」と。アーナンダは「いいえ。結び目は結ばれた逆の順序に従わねば解けません」と。
 これは解脱は、執着が起こった逆の順番でその執着を解いていかなければならないことを意味している。その順番を無視して古くからある執着の結び目を解こうとしても無駄である。
 この原理は解脱に限らず、慢性病や難治性の病気を治していくことにも通じている。一度には治らないこと。逆の順番で治していかなければならないこと。完治のためにははじまりのきっかけを見つけること。が必要だと言うこと。
「心のあらゆる結び目が解かれるとき、ここ、人間としての誕生においてさえ、死すべきものが不死となる。これが聖典の教えの全てである(カターウパニシャド)。」→次の本文を読む