第4章で飼い犬が主人の帰宅時期を知ることができるというテレパシーを使えることを述べた。人間がテレパシーを使えるかという問いに対しては、マジシャンがテレパシーのトリックをショービジネスにしてしまったために、「テレパシーはトリックだ」という言い訳を科学者たちに与えてしまった。よって人間での実験は不確か過ぎて意味がない。意味がない=テレパシーは存在しないという意味ではない。実験が不可能なだけである。だからこの手の実験は動物を用いて行われるのである。
マクファーデンは脳の細胞間に無線通信があり、さらに外部の電磁刺激での神経細胞の発火を調整できることなどを述べており、これはテレパシーが存在し得ることの糸口となる。しかし彼は次のように述べている。「電磁場もチャンネルも一つの脳の中で行われる神経プロセスにしか影響を与えることができず、異なる脳のあいだで意思疎通することはできない。」と述べている。これが彼の本心か、それとも科学者の間から「トンデモ科学者」と評価が下がることを恐れ、ツッコミどころを排除しにかかったのかは定かではない。
ここで私の意見を述べさせてもらえば、私は毎日妻の霊能力を体験している。私の母の霊を自分に降ろし、母と私はまるで生きているかのように会話をすることができる。霊を降ろすとは、自分の脳に他人の意識を移植することを意味する。つまり、私は毎日、妻が他人の意識を自在に自分の脳に出し入れしている姿を観察し、録音し、克明に記録している。それをどう曲解していただいても、あなたがたの自由だ。しかし、テレパシーのような能力は既にはっきり存在していて、それを科学者が認めるか認めないかだけの問題になっている。量子力学は一歩一歩、神や霊の世界にまで足を伸ばしているようだ。ただ、私の場合は科学者が霊の世界についていけてないことなど気にも留めていない。事実存在するのだから。→次の本文を読む