心と物(本文)

 精神世界と物質世界の話であるが、これは別の見方をすれば、高次元世界と3次元世界の話と言うことになる。
「あらゆる物は心に先行され、心に導かれ、心によって作られる(法句経)」この理論は現代科学の考え方と真っ向対立する。科学では物質が先行していると教わる。だから一般人には理解は無理である。
 しかし、チベットの行者は究極に達すると物質を変成させる力(鉄を銅に変えるなどの錬金術)を持つと言われている。彼らを成就者と呼ぶ。まことに信じがたいが、霊能者と暮らしていれば、水が勝手に濁る、金粉のようなキラキラした物が降ってくる、などの現象を目の前で見ることができる。
 私たちは意識を持ち、自我を持つが、その意識の根本は別の次元に存在し、その根本は全て宇宙の別次元で一体化していることに気づくことを「自我と非我の二元性の克服」と言い、悟りと言う。この時、意識は無限であることができ、宇宙のあらゆる物質に意識を浸透させることができる。その能力をもってすれば全ての物を創造できると言われる。
 最近では量子力学の発展とともに、全ての物質が波動で構成されていることがわかってきた。つまり、この世に確固たる物質という物が存在しないことがわかり、原理的には波を操ることができれば、全てを創造できる。
 物質は波動である。これはアインシュタインの公式E=mc²がそれを証明している。が、さらに哲学的に具体的に言うと次のようになる。
「我々は虹に触れられないのと同じくらいに物質に触れることはできない。我々が物質的と呼び明らかに堅固で知覚し得る世界を構成しているものも含め、相対的な意味においてのみ実在である(同著)。」まさにアインシュタインの相対性理論である。
 実際に私たちは物質に触れることはできない。触れている時で指の皮膚表面の粒子と物質の粒子には必ず隙間が開いている(衝突すれば大爆発を起こし大変なことになる)。触れているという感覚は神経が勝手にそのように感じているだけであり、実際は粒子同士が触れ合うことはない。物質の特徴である硬い、柔らかい、重い、軽い、も全ては感覚であり、実際は波動なのでそういった感覚は心が感じているのみなのである。そういった事を密教の世界ではアインシュタインが生まれる2千年以上前から教えている。
さて、そのような事象も含め、悟りの心を自身に見出した者は必滅の意識を不滅の意識に変え、有限の中に無限を覚り、輪廻を涅槃に変える(金剛乗仏教)。
 この時代においてだからこそ、「物質が心によって導かれる」という奇天烈な発想が受け入れられるようになったと言える。
 物質はおそらく3次元世界限定の波動の形態であり、それを高次元世界の波動によって操作・創造できるのだろう。生命場や形態形成場をも作り出せるということだろう。すなわち意図的に病気(癌)も生成させることができる。密教はそうした「信じられない力」を実際に身に着けるための教えであり、おそらくおとぎ話や架空ではない。だが、私にそれができるわけではないので「おそらく」という単語をつけた。密教はまさに自身を宇宙創成の神にするための教義である。一般人に開かれていないのは当然であるし、能力が高い霊能者が密教の修行をしても、そこまでたどり着ける者はめったにいない。→次の本文を読む