医学は脳の仕組みはトランジスタが千億コ以上集まった巨大なコンピューター回路のようなものだと考えている。一つの脳細胞がタコ足のように突起を伸ばし、その突起が数千個のシナプス(他の脳細胞との接続部分の隙間のことをいう)を持つと言われる。つまりシナプスの数は数百兆と言われる(出典C-net news)。
さて、医学は一つのシナプスを単にスイッチのオンオフと推定している。

シナプスに電気信号が流れるか流れないかの単純なメカニズムという意味である。シナプスでは脳内ホルモン(セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンなど)が分泌され、それをレセプターが受け取って次の神経のスイッチが入ると思われており、そのホルモンの種類によりドーパミン作動性ニューロンなどの呼び名がある。まさにこの呼び名はシナプスが単なるスイッチであると考えられていることを表している。例えばパーキンソン病ではシナプスでのドーパミン分泌が低下し、相対的にアセチルコリンが増加することで動作がぎこちなくなってくる。だからドーパミンを増やす薬剤で治療しようという考え方になってしまう。これが医学の考え方だ。
嗅細胞のレセプターの仕組みでは、すでにレセプターは一つのスイッチのオンオフではないことが証明され、それを証明した者がノーベル賞を受賞している。しかし、医学はそれでもなお、レセプターはスイッチのオンオフでしかないという想定で治療方法を模索し、新薬の開発に命をかけている。レセプターのスイッチを入れるか塞ぐかすれば、なんとかなると思っている。いまどき、シナプスがスイッチのオンオフでしかないという考え方は古典的と思われるが、医学はその古典的思考から抜け出そうとする意志が全くないようだ。
一方、量子論者は「脳は想像を絶する複雑さを持っている」と述べ、シナプスがスイッチのオンオフという単純な動きをしているという考え方をあざけり笑っている。量子脳理論を完成させたロジャー・ペンローズはノーベル賞こそ受賞していないが、数々の物理学の賞を受賞しオックスフォード大学の教授にもなっている。
彼は量子力学的なもつれを利用して脳が意識というものを作り上げているという理論を打ち立てた。脳の樹状突起1本の中にはマイクロチューブルという管がおよそ10本通っていて、マイクロチューブル同士はMAPsと呼ばれるたんぱく質で橋渡しされている。マイクロチューブルの中にはトウモロコシの実のような小さな粒が周囲にぎっしりつまっていて(チューブリンと呼ぶ)、その実が量子もつれ状態を作り、またはもつれが収縮し、一つ一つが情報計算・演算に寄与していると彼は推定した。つまり、脳神経細胞の樹状突起は細長い管状の精密メモリチップであり、一つのシナプスは単なるスイッチのオンオフではなく、そこには莫大な情報量が飛び交っている可能性が言われるようになった。
量子論が正しいとすれば、一つのシナプスには何百、何千というスイッチが存在している可能性がある。医学はその何千もあるスイッチを薬剤で大元のブレーカーをオンオフしてしまうと考えると、それはあまりにも乱雑で幼稚すぎる。
量子論者の新理論は「医学の稚拙さを暴露する」方向に動かしている。それどころか、量子論は薬剤が脳に害をもたらすことを警戒せよという警鐘を鳴らしている。脳に化学薬品が効果を示し、副作用なく機能するというおとぎ話を信じないようにという警鐘を鳴らしていると言える。脳は医者や薬剤研究員たちが考えているほど単純じゃないということだ。
2019年12月1日のニュース。エーザイ(東京)が進めていたてんかん治療薬の臨床試験(治験)に参加した健康な成人男性が 電柱から飛び降りて死亡した。脳への薬剤は多くの危険をはらむ。
人間の一人の脳は地上の全てのコンピューターを合わせても追いつかないとまで言われるようになっているのだが、医学はそんなことはおかまいなしである。そして、たやすく精神科薬を用い、そしてたやすく脳にメスを入れている。ドライバーを右手に持って、CPUの故障を直そうとすることがどれほど愚かなことか。量子論は「ドライバーでCPUを修理するんじゃない!それは修理ではなく破壊になってしまう!」と医学に対して警告しているのである。ペンローズは「私たち人間の意識下での知性には非計算的要素がある。したがって計算的プロセスに基づくデジタルコンピューターでは意識も知性も実現できない。その非計算的要素は未解決の量子重力理論と関連している。」と述べ、科学が脳の仕組みの解明にはまだまだほど遠いことを述べている。しかし人間の脳にメスを入れて解決しようとしている脳外科医はそうは思っていないだろうし、神経内科医もあいかわらず打腱器を片手に薬を処方しているだけだろう。彼らにこそ量子力学を学んでほしいのだが、犬と猿が手を組むことはなさそうである。→次の本文を読む