分身(本文)

 例えば、弘法大師様の仏像は全国に何千体とある。しかし弘法大師様の霊体は元々一人である。ではそのほとんどの仏像に弘法大師様の思念が入っていないかと言えばそうではない。それぞれの仏像にお大師様の霊体がこめられている。神社は同じ神様を祀る神社が複数あるが、本元の神社にしか神様が降りられないかと言えばどうではない。
 仏像は分身を作って霊体(魂)を注ぎ込みその数を増やし、神社は分霊し鎮守する箇所を増やす。これの意味するところは、神仏の霊体は分割・複製が可能であるということ。霊体というソフトを仏像の中にペースト&コピーできるということである。だから何千体とある弘法大師様の仏像の意味するところは、弘法大師様の霊が何千と分割されて作られたということである。
 私たちの科学技術ではそれを理解することは難しいが、霊体は分割することができるという認識を持つべきであろう。
 このように考えると私たち生きている人間から生霊が飛ばされる可能性が十分にある。そして分割された霊体は意識を持って別の個体として活動すると思われる。
では霊体を分割すると、分割された霊体や元の霊体の質は劣化するのだろうか?という疑問が沸く。もしも劣化するのなら、弘法大師様のように非常に多くの分身(仏像)を作ってしまうと、それぞれの霊体の質が極めて劣化してしまったことだろう。そして分割回数が多いほど本体の霊体が劣化が激しくなる。下手をすると劣化しすぎて分割した霊体が悪霊化するおそれもある。そういうことが起こっていない現状を考慮すると、霊体は分割されても復元可能と私は理解する(阿部成道先生は復元しないと述べているが…)。
 霊体の分割については不明な点は極めて多い。が、とりあえず、霊能者たちの共通した見解として、生霊は自身の霊体を分割させて生み出すと認識しておく。生霊は生きている人間が発する霊と定義づけられるが、発するというよりは分霊に近い。→次の本文を読む