孔子が説いた儒教は日本の文化に根強く浸透した。それは政治的な思惑があったからであることは誰もが認めている。儒教が最重要視した仁と礼。礼には上下関係を敬うことが説かれており、国を治める者が下克上をさせないために儒教を積極的に取り入れた。これが政治的な思惑である。
そのため、儒教では上下関係は異常なほどに厳しく解釈され、「1日でも早く生まれた者、1日でも早く入門した者は、後から来た者よりも尊重されなければならない」という歪んだ思想を生んだ。生まれた日や入門した日で人間の上下を決めるという解釈は、島国である日本では独特な陰湿で閉鎖的な封建社会を生み出したと言える。
ところが儒教はエリート集団を作るためには適さない。例えば、野球部のレギュラーを決めるのに、年功序列で決めたのでは弱体化する。優秀な者は年齢や入門した日を無視して上に立たせなければチームは勝てない。能力主義を貫かなければ、チーム全体が落ちていく。
弘法大師、空海様はこのような儒教の教えに反発していたことは知られている。年功序列は今世だけを見た場合に成り立つ考え方であり、前世での経験を加味したトータルの修行を視野に入れれば「生まれや入門が早いというだけで人間の上下関係が決まること」は論理的ではないと述べていたと言い伝えられている。
弘法大師様は幼少期から霊能力があったと思われ、勤勉さや学力、記憶力は抜群であり、若くして密教を免許皆伝されたという前代未聞の大抜擢をされた人物だった。つまり当時、年功序列が常識で飛び級出世を一切認めない時代に弘法大師様は破竹の勢いで飛び級した天才だった。
彼は自身の能力の高さの理由は、前世で修行を積んでいたからであると認識していたと思わる。だから「早く生まれたというだけで上に立とうとするではない」という考え方を持っていた。しかし、その考えは霊能者だけが知り得る高次元的な思考から来ているものであり、一般人に通用するものではなかった。
形態形成場は人生という短い期間を超えて知識や技術をストックしていけると思われ、年輪が無限に広がっている。本当の意味で後輩が先輩を敬えというのなら、人間の年齢ではなく、形態形成場の年齢で敬うべきだという正論がここに生まれる。早い話が能力主義である。しかし、能力主義を認めると下克上が起こるため、それを防ぐために日本では現在でも年功序列の封建社会の傾向が強い。
特に霊能力が必要である僧侶という職業でさえ極めて厳しい年功序列の中に存在していることに疑問を感じる。少なくとも僧侶ならば、魂が転生しこの世に生まれて経過した年齢は氷山の一角で、前世で長い年月を修行に費やした結果として強い霊能力があることを理解しているはずなのに…と思ってしまうのは私だけであろうか。→次の本文を読む